北欧デザインの歴史

 優れたデザインが無数に生まれた、20世紀半ばの北欧。その原点には、伝説的な2つの学校があります。王立デンマーク芸術学院とコペンハーゲン芸術工芸学校です。王立デンマーク芸術学院は、250年以上の歴史を持つ由緒正しい教育機関です。1924年、コーア・クリントがここに家具科を設立し、人間を中心に考える姿勢とリデザインの手法を提唱して、ボーエ・モーエンセンら後進に絶大な影響を与えました。クリントが「デンマークの近代家具デザインの父」と評される所似です。

 そして建築学部の教授に、36年に機能主義を推すカイ・フィスカーが就任。そこからアルネ・ヤコブセンらが巣立ちます。さらにヤコブセンの事務所には綺羅星のような逸材が集結しました。若き日のハンス J・ウェグナー、ヴェルナー・パントン、ヘニング・ラーセンたちです。やがて独立した彼らは、創造性を華やかに発揮します。

 


         

クリントの影響のもとで数々の名作が生まれました。

 またコペンハーゲン芸術工芸学校でも、1930年の設立以来、多くのデザイナーが学びました。その家具デザインの教えも、早くからクリントの流れを汲んでいました。後に教鞭を執ったグレーテ・ヤルクや、モーエンセンの親友でもあったウェグナーは、この学校の出身者です。こうして培われた北欧のモダンデザインは、1940年代末がら豊かな果実を実らせはじめます。ウェグナーの「Yチェア」や、ポール・ケアホルムの「PK22」も、クリントが確立したリデザインの手法に沿った名作と言えます。

 一方、この頃から有機的なフォルムを取り入れるデザインも増えていきます。ヤコブセンの椅子には自然からのインスピレーションが生かされたし、フィン・ユールの椅子も木工職人による流麗な造形が特徴的です。時代に先駆けた彼らの造形感覚は、ナナ・ディッツェルやパントンを触発したはずです。若かったパントンを大いにユールに紹介したのは、社交家のディッツェルだったという話もあります。

 

 

         

戦後のアメリカ市場でも北欧がブームに。

 1950年代から、1960年代にかけて黄金期を築いた北欧デザインは、国外での評価を一気に高めました。イェンス・H・クイストゴーがアメリカに渡って設立したダンスクはその象徴です。そのプロダクトは、ほどなく世界的な成功を収めました。そして1960年に、大統領選候補だったケネディとニクソンのTV討論会で、ウェグナーの「ザ・チェア」が使われていたのは、あまりにも有名な話です。北欧の家具の評判は、それほどまでに高まっていたことが感じられます。

 近年、ふたたびエネルギッシュなデザイナー建築家が多数現れている北欧。ここでもやはり、王立デンマーク芸術学院とコペンハーゲン芸術工芸学校を前身とするデンマークデザインスクールが大きな役割を果たしているのは間違いないはずです。ただし、コーア・クリントの時代に比べると、王立デンマーク芸術学院の出身者は、家具以外の分野でも活躍するデザイナーが増えてきました。建築では、モダニズムを脱却し革新性や表現を重視するB.I.G.のような建築事務所が主流です。

 


         

あらゆる分野に台頭する、北欧デザイン。

 キャスパー・サルトやセシリエ・マンツといった新進デザイナーたちは、デンマークデザインスクールで学んでいます。ちなみに2人は、祖父や親が高名なクラフツマンでした。1960年代からバング&オルフセンの名作を手がけたヤコブ・イェンセンの息子のティモシー・ヤコブ・イェンセンやアシスタントだったデビット・ルイスが、第一線で活躍しています。こんな一種の「世襲現象」も、北欧デザインの基調を作っているのかもしれません。

 


         

未来の名作たちを、北欧から発信!

 さらに国際化時代を反映した動きも見逃せません。デザインや建築のトレンドが変化するとともに、既存の型にはまらないデザイナーも現れ始めています。たとえば自転車ブランドのバイオメガを創業したイェンス・マーティン・スキブスティッドです。前職が編集者の彼は、今やメーカーとデザイナーの枠を超えてマルチに活躍しています。

 さらにスキブスティッド、建築事務所のB.I.G.そしてやはりジャンルを超えて活躍するキロデザインが組んで、新しいプロジェクトを始めるというニュースもあります。21世紀の北欧デザインの名作は、こんなふうに多彩で活気あふれるシーンから誕生しているのです。 


         

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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